2008年6月12日 (木)
2007年3月10日 (土)
古代出雲歴史博物館
本日、古代出雲歴史博物館がオープンしました。山陰の歴史を探ると宣言した以上、行かない訳にはいかんと思い、さっそく行ってまいりました。
博物館は出雲大社の東側に建てられています。結構広いですよ。
入り口から中へ入ると、広いロビーの中央に出雲大社で出土した宇豆柱があります。
直径約130cmの柱が3本あります。やはりその大きさに圧倒されます。
その当時それだけの大きな柱材となる木があったということも驚きですし、そんな大きな柱を使って約48mの高さの社を建設できる技術力があったということも大きな驚きです。
館内はロビーの他に総合展示室、テーマ別展示室、神話回廊(シアター上映室)、特別展示室があります。
展示されている中でも特に見物なのは、宇豆柱の研究によって復元された高層神殿の模型と、荒神谷遺跡から出土した358本の銅剣です。
高層神殿については、5人の研究家のそれぞれの推定復元案に基づき、5つの模型が展示されていました。
現在も宇豆柱を使った高層神殿については様々な議論がされていて、結論が出ていないんだとか。
次に358本の銅剣です。横8m、高さ3mぐらいある展示ケースにずらっと銅剣が並べられています。
なぜ荒神谷遺跡にこれだけの数の銅剣が埋められていたのかというのも実はまだ解っていないそうです。
諸説によると、有事の時にのみ使うため普段は土に埋めていたとか、祭りなどで神々に奉納するために埋めたとか。
その他、銅鐸や銅鏡、農機具やアクセサリーまで、様々な出土品があり、丁寧に解説されています。
ところどころでアニメ映像による解説もあるので、子どもでも楽しめるようになっています。家族連れで行くといいと思いますよ~。
詳しいことはコチラのHPをご覧あれ(宇豆柱や銅剣の写真もあります。)
古代出雲歴史博物館
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2007年2月15日 (木)
ベトナム・カンボジアの旅(1月6日、カンボジア)
午前5時に起床し、アンコール・ワットで日の出を見るためバスに乗り込む。
アンコール・ワットに着いたときには、辺りはまだ薄暗かった。
今日は雲が多く、きれいな朝日が拝めないかもしれない。今の時期、カンボジアは乾季でこんなに雲が多いのは珍しいらしい。
三脚を立ててカメラを構える。
やはりきれいな朝日を見ることはできなかったが、雲間から射す朝日がアンコール・ワットのシルエットを際立たせていて、これはこれでいい雰囲気だ。
その後ホテルに戻り、朝食を食べたあとテラスから街の様子を撮る。
今日でカンボジアも最後だ。夜には帰国便に乗るのでこの風景も見納めだ。
昨日に引き続き市内の寺院を観光する。
まず、バンテアイ・スレイへ
ここの彫刻は茶色の砂岩でできている。バンテアイ・スレイとは、「女の砦」という意味だそうだ。彫刻が細かくて小さいのでこの名が付いたそうで、やはり詳しいことは解っていないらしい。
ここはシヴァ神を奉るヒンドゥー教寺院だ。東洋のモナリザと呼ばれる彫刻などがあるが、写真がうまく撮れてなかった。
次にタ・プロ-ムへ
バオバブの木によって遺跡が覆われている珍しい遺跡だ。
てっきり地上からツルが上に伸びているんだと思っていたら、鳥のフンが遺跡の上に落ち、そのフンに混じっていた種が発芽して下に根を伸ばすのだそうだ。
世界にはいろんな木があるなぁと感心する。
最後はアンコール・トムへ
上の彫刻は、アンコール・ワットの壁画にもあった「乳海攪拌」をモチーフに作られた石像だ。天国と現世を繋ぐナーガ(蛇)を、神々が引っ張っているところだ。
「乳海攪拌」というのはカンボジアの神話の一つだ。
昔々、神々とアスラ(阿修羅)が相談して、太洋をかき混ぜることによってできるアムリタ(不老不死の薬)を手に入れようとした。
そこで、クールマ(大亀)の上に大マンダラ山を置き、その山の中腹にナーガを絡ませて、両側から引っ張って山を回転させ、大洋をかき混ぜた。
すると、大洋の中から様々な創造物が産まれ、大洋は乳の海となった。神々はアムリタを手に入れたが、その所有をめぐって争ったと伝えられている。
アンコール・トムとは「大きな街」という意味だそうだ。アンコール・トムの城壁内にバイヨン寺院や象のテラス等の様々な彫刻がある。主に神話やライ王の物語をモチーフにした彫刻なのだが、あまりにも多いのでここでは写真のみで紹介する。
↑バイヨン寺院内部
↑象のテラス
↑象のテラス上部より撮影。
街へ戻って昼食をとった後、オールドマーケットへ。
カンボジアに来てみて思うのは、ホントにみんな日本語をよく知っている。やっぱりよく金を出す国民だと思われてるんだろう。
買物も早々に済ませ、ガイドさんの話を聞く。
現在のカンボジアは、言わば戦後直後の日本だ。ポルポト政権が崩れ、ベトナムが撤退し、国連に解放されてからまだ10年足らず。
国境付近の地域にはまだ地雷が残っている。片足だけで松葉杖をつきながら商売をしている子どももいる。
かと思えば、その傍らをベンツが通っていたりする。努力すればある程度のところまで裕福になれるそうだが、まだまだ特権階級が存在するらしい。
ガイドさんは農家の十人兄弟の七番目。経済的な理由から学費の安い教育大学に行ったそうだ。ただし、そういった家庭はごく少数なのだとか。
今では親に仕送りし、妹の学費もまかなっているらしい。ちなみにこのガイドさんは私の一歳上だ。正直、自分が恥ずかしくなった。
明日1月7日はカンボジアの解放記念日。国民の祝日だそうだ。
私には、自分の国が解放されるという感覚がわからない。ただガイドさんの話を聞いて、国の解放ということがどれだけ重大な意味を持つのか、少しは解った気がする。
自分も含めて今の日本人は、日本という国で生まれたことにもっと感謝し、誇りをもつべきなのではないかと思う。
夜の飛行機でカンボジアを離れ、日本に帰った。
機内泊はさすがに疲れたが、充実した旅だった。
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2007年2月13日 (火)
ベトナム・カンボジアの旅(1月5日、カンボジア)
1月5日、今日からカンボジアの観光だ。
アンコールワットがあるのはシェムリアップという都市で、他にも多くの遺跡が残っている。
午前中は、プノン・クーレン→プリア・コー(聖なる牛)→バコンと寺院を見学。
まずはプノン・クーレンへ。
建材は主に焼きレンガだそうだ。レンガの上にしっくいを塗り、そこに彫刻を掘り込んである。現在は風化や盗掘被害により壊れているものが多い。
次にプリア・コーへ
プリア・コーとは「聖なる牛」という意味で、写真のような牛の石像がある。
そしてバコンへ
これらの寺院はアンコール・ワットより古いものだそうだ。但し、度重なる戦争により史料が焼失し、宝物品は盗掘にあっているため、詳しいことは解らなくなっている。
当時の王様は前の代より立派な墓にしようと、建物を大きくつくったと考えられている。そのため、新しい年代の寺院になるにつれ、その規模が大きくなる。
時間が余ったとのことでアンコール・クッキーの土産屋へ寄る。
・・・思いっきり日本語だ・・・。
ここは日本人が経営しているお店で、店員も少し日本語が出来る現地の女性だ。この街ではいたるところで日本語の看板をよく見かける。
移動中、ガイドさんがカンボジアの日常生活について教えてくれた。
学校は午前、午後で分かれている。午前中勉強した子どもは午後休み、午前中休んだ子どもは午後勉強するんだとか。公務員なども同じようなシフトで仕事をしているらしい。
ホテルでいったん休憩して、午後からアンコール・ワットへ向かう。
外堀は池で囲まれている。
アンコール・ワットとは現地語で「寺院の街」という意味で、カンボジアの人たちにとってここは天国を象徴している寺院でもある。カンボジアに伝わる神話をモチーフにした彫刻が多数存在する。
西参道から門の前まで進むと、7つの頭を持つ蛇の彫刻が見えてきた。
これはナーガと呼ばれる。虹を象徴していて、7つの頭は7色の光をあらわしている。
虹は現世と天国を結ぶ掛け橋と考えられている。つまり、私達はこのナーガを通って天国に入ろうとしている訳だ。
門をくぐると午前中見た寺院とは比べ物にならないほど広い中庭に出た。
写真の中央に見えるのが本堂。手前は聖池と呼ばれる。水面に鏡のように寺院が映り、とても美しい。
本堂は、第一回廊、第二回廊、第三回廊から成り立っている。
第一回廊にはさまざまな壁画彫刻がある。
上の壁画は「乳海攪拌」という題名がついている。こういった完成している壁画や彫刻もあるのだが、実は未完成のものも多く、現在も製作中なのだそうだ。
第一回廊から第二回廊へ
第二回廊を抜けると中央塔のある広場へ出た。
写真の上の部分が第三回廊になる。第三回廊に行くにはとても急な階段を上らなければならない。階段を這いつくばるようにして上がってから、下を見てみた。
どれだけ急な階段かわかるだろうか?少し息が上がってしまった。
第三回廊の中心に写真のような中央塔がある。地上から中央塔までの高さは65mある。シェムリアップにある建物は、この中央塔より低く建てるように法律で定められているそうだ。
古代の人々はこの中央塔に上ることで、天国へ行く疑似体験をしていたんじゃなかろうか?そんなことを考えながらアンコールワットを後にした。
その後、夕食を取るためにレストランに向かう。ここでは、カンボジアの伝統舞踊を鑑賞することができた。
踊りはタイのフィンガーダンスに似ている。BGMは珍しい楽器を使って演奏していたが、よく見ると中国の伝統的な楽器に似ているものが多かった。なんとなく曲も中国の民謡のようにも聴こえた。
明日はいよいよ最終日。再びアンコールワットで日の出を見るため、今日は早めに就寝した。
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2007年2月 2日 (金)
ベトナム・カンボジアの旅(1月4日、ベトナム・ハノイ)
三日目、今日はハノイ市内の観光だ。
まず、ホーチミン廟へ向かった。
共産主義をベトナムに広めた英雄は、国民の手により厚く埋葬されていた。
門の前でボディーチェックを受けたあと、脱帽の上建物の中に入る。カメラは持ち込めないため入る前にガイドさんに預けた。
しばらく建物の中を歩くと、ホーチミン主席の蝋人形がある。本物の遺体はミイラにされ、地中深くの部屋にあるそうで、一般の人間は入れない。
蝋人形なのに、4人も警備兵がいる。厳重な警備体制である。それだけ国民にとって英雄なのだろうか?それとも、国家の威厳を保つためか?
正直、私はそれがどんな意味があるのか理解しがたい。
その後、墓を出るとガイドさんが待っていた。とりあえず、外観の撮影はO.K.のようなのでカメラを返してもらって撮る。
地元の人が公園の草むしりをやっていた。
かぶっている帽子がベトナムだ(笑)
その後、バッチャン村へ
この村は伝統工芸の安南焼で有名なんだそうだ。正直、私は焼き物にあまり興味が無いんだが、製造工程を見学させてもらうとなかなか見事な絵付けをしていて感心した。
結局、私は何も買わなかったんだが、母が結構粘って値下げ交渉しいろいろ買っていた。
上の写真が店頭に並んでいる製品。
高温で焼くことでできる独特のひび割れ模様が特徴なんだとか。
帰る間際に牛車発見。とりあえず一枚撮る
午後は、ハノイ市街を散策。
はっきりいって、ものすごい衛生状態が悪い。
多分、潔癖症の人は吐き気をもよおすかもしれない。
昨日、今日とベトナムを観光して思ったのは、
社会主義国家の割には資本主義国家みたいな国だということ。
ドイモイ政策により資本主義が入ったことで、いろんな物やシステムがごちゃまぜになってしまっていて、生活している人々が混乱しているような気がした。
ここで社会主義と資本主義の優劣を言う気はない。
しかしながら社会主義の影響か、全体的にサービス精神がなっていないと感じた。
特に仕事をしている従業員が無愛想だ。
一概に言えることではないが、今のベトナムは中国に追いつこうとして空回りしているように思えた。
市内観光が終わり、いよいよベトナムからカンボジアへ向かった。
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2007年1月24日 (水)
ベトナム・カンボジアの旅(1月3日、ベトナム・ハノイ)
ベトナム2日目。
ハノイからバスで約3時間、ハロン湾へ向かう。
昨日暗くてよく分からなかった街の様子がよく分かる。
朝のラッシュ時なのか、ものすごくバイクが多い。ベトナム人はほとんど車ではなくバイクを使うそうだ。
ガイドさん曰く、バイクが運転できなければベトナム人にはなれないんだとか(笑)
よくよく見てみると、ホンダやYAMAHAの店舗が目立つ。街の人が乗っているバイクもほとんどホンダやYAMAHA製だ。
こういうのを外国で見るとやはり日本製はすごいんだと思う。
そういえば、あまり暑くない。長袖でちょうどいいぐらいの気温だ。ハノイはベトナムでも北部に位置するため、日本のように四季があるそうで、今は冬なので寒いんだとか。
またしばらく行くと見渡す限りの田畑が見えてきた。
ハノイでの主な農産物は、トウモロコシ、バナナ、米なのだとか。なんと米は一年で三回も収穫しているらしい。
ハロン湾に着くと船に乗り換え、昼食を取りながらクルージング。
しばらくするとまるで山水画のような岩山の風景が見えてきた。
こんな風景が360度見渡す限り続いている。
さすが世界遺産、そのスケールの大きさと自然の力の偉大さに圧倒される。
また進んでいくと、多数の水上住居がある場所を通る。
ここに住む人々は一生水上で暮らしているらしい。死んだら埋葬とかどうすんだ?とか素朴に思ってしまった。
途中、船を降りて最近発見されたという鍾乳洞を見学。
こちらは、日本で言う秋吉台といったところか。
その後また船に乗って船着場へ向かう。
道中、小船に乗って物乞いをしているおばあさんと子どもがいた。子どもの方はぐったりしながら力ない声でなにか言っていた。
最初、物売りだろうと思ってカメラで撮ったのだが、よくよく考えると倫理的に悪いような気がしたので、ここではその写真は非公開とさせていただきます。
物乞いの子どもは初めて見たが、とても悲惨な状態に見えた。ハノイ市内の状況と比べれば、とても同じ国だとは思えない。
しかし、これが現実だ。
それに比べれば、今の日本はどれだけ裕福だろう。社会の教科書では分からない「実感」を得たような気がした。
船を降りたあとハノイに帰り、夕食のためレストランへ。
ベトナムと言えばやはりフォーや生春巻きだろう。しかし全体的に薄味で、正直あまり美味いとは思わなかった。
日本人にはあまり合わない味なのかもしれない。
夕食後、伝統芸能の水上人形劇を見る。独特な雰囲気をもった人形を使った劇だ。内容はよく分からなかったが、結構楽しめた。
明日はホーチミン廟、バッチャン村、ハノイ市内観光のあと、いよいよカンボジアへ向かう。
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2007年1月23日 (火)
ベトナム・カンボジアの旅(1月2日、ベトナムへ)
お待たせしました。
今日からベトナム・カンボジアの旅日記を公開していきます。長文になりそうなので、常体にて失礼します。
今回は旅行初日(1月2日)の様子について。
関西国際空港AM11:00発の飛行機に乗ってベトナム・ホーチミン空港へ。
ホーチミンから飛行機を乗り継いでハノイへ到着。
ハノイに着いたのが現地時間で19:00、ベトナムは日本時間より2時間遅れなので実質10時間かかった。
ハノイに着いてからは特にどこにも寄らずにバスでホテルへ直行。
途中、バスの車窓から大きな工業団地が見えてきた。
「Canon」とか「YAMAHA」など、日本企業の看板が異様に目立つ。ここでも、日本企業が多く入っているようだ。
ハノイ市街に入ると民家がほとんど三階建で縦に細長いことに気付く。どうやら、フランスに占領されていた時代の名残らしい。
(写真は次の日の朝、撮影したものです)
あと、やっぱり交通事情が最悪だ。運転がすごく荒い。
以前、タイに行って同じような経験をしていたのでさして驚かなかったが、よく事故しないなぁと妙に感心してしまった。
ホテルに着くと、一日移動ばかりだったこともあって、シャワーを浴びてすぐに床についた。
明日は、世界遺産のハロン湾へ行く。実はこの旅に行くことになるまでハロン湾の存在自体知らなかった。
いったいどんな所なのか?とても楽しみだ。
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2007年1月 2日 (火)
さぁ、海外へ
突然ですが、本日より海外旅行へ行ってきます!
行き先は、ベトナム、カンボジアです。
アンコールワット見てきます。
山陰の歴史を探るとかなんとか宣言した矢先にいきなり海外です(^_^;)
帰国予定は7日
それまでみなさんごきげんよう(笑)
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2006年12月25日 (月)
賀露港&むきばんだ遺跡(鳥取弾丸ツアー③)
砂丘の後はカニを食べに賀露港へ
海鮮市場かろいち内にある「寿司若林」という店で、親がに海鮮丼を頂きました。(左写真¥1,300)
一日限定10食と書いてあったので、5人分残っているかどうか心配だったのですが、運良く全員食べることができました。
見てのとおり、生の親がにがどーんと乗っております。
私以外の学生さんは親がにの食べ方がわかんないとのことだったんで、指導しながら食べました。(笑)
昼食のあとは、淀江町にあるむきばんだ遺跡へ
この遺跡は、2000~1700年前の弥生時代の集落の跡だそうです。
復元された竪穴式住居などを見学できました。また小高い丘の上にあるので景色がよいです。
天気がよければ弓ヶ浜から島根半島まで一望できたはずなのですが、この日はあいにくくもっていたので見ることはできませんでした。
晴れていれば下の写真のような景色が見えます。
この写真は発掘されてまもない頃に撮ったものです。
これだけ眺めのよい場所に集落があるのは、やはり外からの攻撃に備えてのものだったのでしょうか?
遺跡を見た後は、皆生温泉に行って、メシ食って松江に帰りました。
学生さんも楽しんでいたようなので、よい旅になりました。
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2006年12月17日 (日)
鳥取砂丘(鳥取弾丸ツアー②)
写真が上がってきたので、今日から何回かに分けて紹介します。
松江を9:00に出発し、9号線をぶっ飛ばして約3時間で鳥取砂丘に到着。
この日は運良く雨も降らず、気温もそんなに低くなかったので凍えるようなこともなく海岸まで歩けました。
写真は通称「馬の背」といわれる山の上から撮ったものです。砂丘の中にも場所によって地名みたいなのがあるんですよ。
そもそも砂丘ってどうやってできるんでしょう?私もよく知らなかったので調べてみました。
鳥取砂丘の横には千代川という川が流れています。その川によって海に流されてきた砂が、日本海から吹き付ける季節風によって海岸に押し戻されて少しずつ堆積してできたのが今の砂丘なんだとか。
何万年という途方もない時間をかけて今の雄大な砂丘になったんですね~。
また「砂の美術館」というイベントもやってました。簡単に言えば、砂の彫刻展ですね。いくつか紹介しましょう。
感想としては、砂像そのものはとてもよく出来ていて感心しました。ただ、後ろに電線が通っていたり、風除けが建設現場用の汚いものだったりして、周りの雰囲気を壊してしまっていたのが残念です。
もう少し工夫できなかったんでしょうかね。
第1期展示と書いてあったんで、今回が初の試みだったんでしょうか?
今後は子どもを巻き込んだ体験型イベントにするとか、思い切って全国的な砂像彫刻コンクールにしてしまうとか、いろんなアイデアで発展させてほしいですね。
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2006年12月16日 (土)
鳥取弾丸ツアー
地元人のくせに鳥取観光をしてきました(笑)
というか、島大の学生さんたちを連れて鳥取を案内したんですけどね。
今日の予定は、
鳥取砂丘
↓
賀露港にてカニを食す
↓
むきばんだ遺跡
↓
皆生温泉でまったり
↓
メシ食べて帰松
朝9:00から夜9:00までの12時間の旅でした。
いつものように一眼レフで写真を撮ってきたので、現像ができたらそのときの様子も含めてまた更新します。
とりあえず学生さん達は楽しんでいたようでした。内心ホッとしました。
これで「面白くなかった」とか言われたらどげんしょうかと思ってたので・・・
まぁ、ほとんどおごってやったんで、つまらんとは言えないでしょうけど(笑)
今回行けなかったところもあるので、また夏ぐらいにでも行こうかと思ってます。
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2006年12月 3日 (日)
2006年11月25日 (土)
2006年11月 5日 (日)
一泊二日益田の旅(2日目)
2日目です。昨日は益田の友達一家の家でまったりして、今日は益田駅前で産業祭ってのをやってたんでみんなで行くことにしました。
いろいろ出店やらなんやら出ておりました。高津神楽もやっとりましたよ。

写真には撮ってなかったんですが、ダンス大会もやってました。この地域は子どものころから神楽や踊りをやっている地域がたくさんあるんだそうです。
この写真は駅前通りなんですけど、ちょっと歩くと再開発で道が広くなっているところもあります。最終的には全部新しくなるんだそうです。
そーいえばおもしろい名前の服屋を見つけましたよ。
正直屋って伊丹十三監督の映画「スーパーの女」の舞台になったスーパーの名前なんですよ。つい撮っちゃいました。マニアックですいません(笑)
たぶん、店主が正直なんでしょうってことで(^_^;)
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2006年11月 4日 (土)
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